東京下町「ふるさと」散策 – カリモク特約店エーアイディー

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東京下町「ふるさと」散策

こんにちは。カリモク特約店エーアイディー、本社の加藤です。

 
初めてブログを書いてみました。
生まれ育った町の今の様子を取材してきました。
子供のころのエピソードも織り交ぜてご紹介します。

振り出しは浜松町駅です。JR山の手線、京浜東北線が通っています。また羽田空港までを結ぶ東京モノレールの始発駅です。

ホームの田町寄りの端には小便小僧がいます。季節に合わせた衣装を着せてもらっていますが、今は5月なので兜と鯉のぼりでした。

浜松町駅ホームの小便小僧

さていよいよ散策スタート!浜松町駅、北口改札(新橋寄り)を出ます。

 

改札を出て右へ、海方向に歩くと、旧芝離宮恩賜庭園があります。1686年江戸幕府の老中大久保忠朝の上屋敷に作庭された回遊式庭園です。作庭当時は海岸に面しており、汐留にある浜離宮と同様汐入の庭だったそうです。

旧芝離宮恩賜庭園

この日は残念ながら閉園時間を過ぎており、庭園の様子は撮影出来ませんでした。子供のころはよく遊びに来ました。鯉、鮒、鰻がたくさんいましたが、釣りは禁止でした。

芝離宮を超えて海の方にまっすぐ進んでいくと突き当りは竹芝埠頭。伊豆七島や小笠原行の客船や東京湾納涼船などが出航する客船ターミナルがあります。子供のころは竹芝桟橋と言ってました。祖母に連れられてお台場(当時は何もないただの島でした)に行った記憶があります。

 

踵を返して浜松町駅のガードをくぐります。左を見上げると世界貿易センタービルがそびえ立っています。昭和39年に竣工した40階建てビルで、霞が関ビルを抜いて当時は日本一の高さでした。立て替えるらしく工事が始まっていました。びっくり!

世界貿易センタービル

 

さらにまっすぐ歩きます。大門の交差点の手前には私の心のふるさと「秋田屋」があります。

私の心のふるさと「秋田屋」

6歳のころ親父に銭湯帰りに連れていかれてから60年近く、今でもたまに行きます。焼きとんがメインで、プリプリもつ煮込み、たたき(ミンチ)は逸品です。

あと「くさや」は大好物です。何とも言えない香り(笑)が・・やみつきになります。

お酒は秋田の「高清水」。昔は寒雀焼きなどもありました。お薦めです。是非一度ご賞味あれ^^

 

大門の交差点(国道15号線:第一京浜)を過ぎると東京タワーが、そしてその向こうには六本木ヒルズが見えますね。

ちょっと距離感が違いますが同じアングルの昭和34年当時の写真です。東京タワーは私と同じ昭和33年生まれ。333メートルの高さです。右手前の大理石のビルは当時の昭和電工の本社ビルです。

 

大門には「芝大神宮(芝新明神社)」があります。

平安時代に創建された関東のお伊勢様です。私の両親はここで挙式を上げました。

江戸時代の火消し「め組」と相撲取りの大喧嘩は有名です。主犯とされ三宅島に島流しにあった半鐘は無事に戻って来たようです。

この話は実に面白いです、是非ググってみて下さい。火事と喧嘩は江戸の華と言いますね。

  

下の写真は昭和34年当時のものです。おそらく「芝神明だらだら祭り」の時の写真だと思います。三社祭り、神田明神と並んで江戸三大祭りと呼ばれたという説もあります。

 

 

第一京浜と第二京浜(日比谷通り)のちょうど中間くらいのところに「赤門」があります。

赤門

芝増上寺境内の山門ではなくその手前の独立した門です。昔(江戸時代)の絵地図を見ると砂浜近くに立っていたようです。

 

赤門の有る交差点には不思議な建造物が・・・地上すれすれに瓦が見えます。

地下にある公衆トイレ

実はこれ地下にもぐる公衆トイレなんです。お洒落でしょう^^

 

 

さて今日のラストです。赤門を左に折れて50Mほど行ったところにあるマンション。写真の「やっぱりステーキ」がある場所が私の誕生の地です。

私の誕生の地の跡地

この場所で祖父の代から八百屋を営んでいました。もし東京タワーが倒れてきたら家が潰れる距離です。

 

私のふるさと芝大門ですが、子供のころは片門前(隣町は仲門前)という町名でした。芝増上寺の門前町だったからです。

小さなお寺もたくさんありました。また芝は金魚の養殖産地でもありました。

また街並みはまさに「三丁目の夕日」の世界そのものでした。今は面影もありませんが。

少し西に行くと江戸の古典落語の名作「芝浜」の生まれた場所です。

最後までお読みいただきありがとうございました。次回は増上寺や芝公園近辺をリポートします。

ご期待下さい。